ウーゴヴィエイラのこと。

マルキーニョスが去った後のマリノスは得点力不足に陥り得点力不足を少ない失点で補うシーズンが続く。
伊藤翔は恐らく当初の想定を上回る活躍をこなしてくれたのだろうが、それ以外の恐らくフロントがワントップ、ストライカーとして期待し獲得した選手が2桁得点を取ることのない年が続いた。
ウノゼロ美学の価値は上昇したが、優勝を目指す上で決定機を決めきる、1人で2桁得点を取れるゴールゲッターは必要で入団後の育成ではなかなか難しいこの手の選手の獲得に当時のフロントは明らかに苦戦していた。

そして、中村俊輔、兵藤慎剛、榎本哲也、小林祐三、といったサポーターの心の支柱だった選手がマリノスを去り、フロントへの疑心暗鬼とこれからのクラブへの不安がまだまだ残っていたそんな時に彼は初めて日本にやってきた。

新体制発表会の日、壇上に立ったフロントは何も言わぬが厳しい目をしたサポーターに緊張したに違いない。
そんな中、インタビューに応える彼は目をキラキラと輝かせ、優しい笑みを浮かべてサポーターをなごませた。

迎えたリーグ開幕戦1-2でビハインドの中、途中交代でデビューした彼はピッチに入るなり、天野のコーナーキックにぴったり合わせてきた。
レッズ西川の背中に転がるボールにゴール裏は歓喜する。
これがマリノス反撃の狼煙となり逆転勝利に導いた。
第2節も途中交代から、天野のクロスにぴったり合わせてダメ押し。
ウーゴは小生にとっても他のサポーターにとっても希望の光となった。

日本に来て最初のシーズンからリーグで10得点をあげる活躍。
その素晴らしいゴールにいったい何度救われたことか。
ルヴァン・天皇杯を合わせると、最初の年の公式戦で18得点。
中でも、サドンデスの天皇杯広島戦と柏戦での劇的なウーゴのゴールにはしびれ、狂喜した。

サポーターの心をつかんだウーゴの魅力は、決してピッチでのプレイだけではない。
周りには紳士な対応。(アウェイ鳥栖戦の帰り飛行機を待つ小生に、小さく会釈をした、ウーゴとマルティノスのことは今も脳裏に焼き付いている。)
練習もしっかりこなす。
チームのモチベーションにも貢献する。(勝利の後のチーム全体の円陣を発案したのも彼だった。)
怪我をして帰国しても短期で治療して戻ってくる。
得点力だけではないマリノスの戦士の誇りであり、マリノスサポーターに愛される自慢の選手だった。

心無いマスコミの批判から、たった一年でクラブの信頼回復をさせた立役者として、あの時の苦しみから小生を解き放ってくれた戦士としてウーゴの名は永遠に小生の中に刻まれる。

2年目はリーグで13得点。
決して良いシーズンではなかったけれど、ウーゴがピッチに居るだけでファン、サポーターは心が踊り熱くなった。

寂しくないのか? そりゃもう、とっても寂しいよ。
不安じゃないのか? もちろん、不安に決まっている。
しかし、苦しいシーズンをなんとか乗り越え我々も少しばかり強くなった。
いつかこの日が来ることはわかっていたことなのだから、前を向く。
君には次の高みを目指して欲しい。

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マリノスで闘ったことを君は決して忘れないだろうし、小生だって忘れない。
さぁ、君が愛してくれたであろうこの横浜の街から飛び立て、羽ばたけ。

マリノスで共に戦った、ウーゴ・ヴィエイラに感謝をこめて。

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